2018年 写真(Photo)


2018.4.11 飯館村(2017.3.31解除 旧避難指示指示区域))

いいたて村の道の駅 までい館

飯舘村は昨年3月に避難指示区域から解除。

同8月にオープンした「いいたて村の道の駅 までい館」。

総事業費13億7454万円。

村などが1千万円を出資して設立した会社が運営している。

冬場、村内を訪れる人が減っため、現在の所、開館から8カ月で約900万円の赤字となってしまっている。

近隣のモニタリングポスト

 

いいたて村の道の駅 までい館 0.11μSv/h(2018/04)


2018.7.27 大熊町(居住制限区域)

大熊食堂

東電の社員寮に併設している施設を一般開放し、誰でも利用できるようにした食堂。

 

昨年の4月から営業している。

 

事故後、原発が立地する大熊、双葉両町で、一般住民が利用できる食堂が営業するのは初めて。

 


近隣のモニタリングポスト
大川原第一集会所 0.16μSv/h(2018/07)

大熊食堂の隣にある、東電の寮。
大熊町の大川原地区は日中の立ち入りができる居住制限区域で、町の復興拠点になっている。
東京電力が単身の社員約700人が暮らす寮を建設し、食堂を設置した。


2018.7.26 大熊町(帰還困難区域)

中間貯蔵施設にむかうトラック

大熊町の国道6号線の東側には、県内の除染で発生した、膨大な量の汚染土を保管する中間貯蔵施設がある(大熊町・双葉町にまたがって建設されている)
町会議員の話によれば中間貯蔵施設に除去土壌等をはこぶトラックの台数はこの年1日約1200台。

この翌年には2200台と倍増したという。

国道6号線は、東京から(福島県を通り)宮城県へ至る一般国道。

福島県浜通り地方の大動脈だったが、原発事故以降、避難区域の一部区間は許可車両以外の通行が規制された。

4年前の2014年から自動車の通行制限が解除。

ただし自動二輪、原付、自転車及び歩行者については、引き続き通行が制限されており、駐停車禁止の交通規制も実施されている(2,018年4月撮影)

大熊町の町会議員の話によれば、除去土壌等を運搬するトラックの増加にともない渋滞が起こりやすくなっているという。

国道6号線に設置された線量計

参考:国道6号線(帰還困難区域内)におかれたモニタリングポストの数値(2018/04)
①国道6号線富岡町新夜ノ森地内 2.20μSv/h

②大熊町 町区集落センター   3.79μSv/h

③国道6号線大熊町西大和久地内 2.37μSv/h

④国道6号線双葉町大字新山字高万迫地内 0.91μSv/h

⑤双葉町国道6号線牛踏交差点  0.58μSv/h

⑥双葉町昭和シェルGS北側花壇 0.46μSv/h

⑦JA双葉北部営農センター    5.75μSv/h


2018.11.23 双葉町(帰還困難区域)

工事中の中間貯蔵施設

環境省は双葉、大熊両町にまたがる約1600ヘクタール(東京ドーム342個分)の区域に、中間貯蔵施設を作っている。

1600ヘクタールの区域の地権者は2,300人にのぼる。
環境省は(撮影日の1年後である)2019年7月末の時点で地権者の73%、面積の70%で契約を完了したと発表している。

地権者の話によれば、土地の値段の評価は、原発事故で大幅に下がった固定資産税の評価額をもとに計算された。
固定資産税の評価額は、住宅地で5割、山林で7割も下がっている。

中間貯蔵施設の用地買収が「損失補償」で行われたのに対し、ここから30キロ離れた福島県三春町(撮影者の自宅所在地)で三春ダム建設時に用地買収が行われた時は「公共補償」で行われた。
「損失補償」と「公共補償」には大きな違いがある。

三春ダムに適応された「公共補償」は「機能回復」が重視されており、(合理的な土地であれば)「新しい土地の取得費」が「補償」される。

一方、原発事故の中間貯蔵施設に適応された「一般補償」の場合には、「従来の土地の市場価格」が「補償」される。

原発事故が「(原発事故で価値が50%~70%減がった)従来の土地の市場価格」だけであるのに比べて、三春ダムは、「新しい土地の取得費」が補償されるわけで、その違いは非常に大きい。

また三春ダムで適応された「公共補償」の場合、築後数十年経過した建物でも減価償却をしないで補償をすることができるとされているが、原発事故の「一般補償」の場合、必ず減価償却をして補償額を算定している。

 

故郷を奪われた住民は一方的な被害者でしかない点は、原発事故も三春ダムもかわらない。

住民が失ったものは、金額で置き換えられるものではないが、せめて三春ダムと同じ「公共補償(機能回復)」の考え方で賠償を行ってゆくことが、東京電力の責務なのでないだろうか。
国の責任と指導力が、大きく問われている。


2018.7.27 大熊町(帰還困難区域)

一時帰宅

住民の一時帰宅に同行させて頂く。
住民は、震災から8年目の家の状況を確認する目的で帰還困難区域にある自宅に一時帰宅した。

 

近隣のモニタリングポスト
野上一区地区集会所 1.08μSv/h(2018/07)

この家の雨どい下の線量計(撮影者所有)の数値は43μSv/h
4年前に同じ場所で測ったときは27.4
μSv/h
4年前より、雨どい下の線量はあがっていた。

このエリアは帰宅困難区域のため、今もなお除染は行われていない。(2018年7月撮影)

定点撮影(4年前 2014年3月14日)

4年前に同じ場所から撮った写真と比較すると木々がジャングルのように生い茂っている。玄関にたどり着くまで、木々をかき分けて行かなければならなかった。(2014年3月撮影)

4年前、この玄関の所で測った線量計(撮影者所有)の数値は23μSv/hだった。(2014年3月撮影)

8年が経った今もなお、一時帰宅するために、通行確認ゲートで、レシーバーや、ガラスバッチ、線量計を預かり、タイベックスーツをきて入域なければならない。
この日は30℃以上の猛暑日だった。

「荒れ果てた家」「下がらない線量」「熱さと疲労」から、この家の所有者は、しばらく座りこみ動けなくなってしまった。(2018年7月撮影)

帰還困難区域に入域する時は、撮影者もタイベックスーツを着用しなければならない(2016年7月撮影)



※近隣のモニタリングポストの数値は「福島県放射能測定マップ」を参照
http://fukushima-radioactivity.jp/pc/
撮影ポイントのもっとも近隣にある、モニタリングポストの測定データーであり、撮影ポイントから数百m離れているケースが多いです。全体的な状況を知るための参考値であり、撮影ポイントの空間線量ではありません。)


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