2012年 写真(Photo)

経済産業省HPより参照


2012.1.29 富岡町(警戒区域)

避難者の一時帰宅に同行

避難者の一時帰宅に同行し初めて警戒区域へはいる。
滞在時間は90分。

通行確認ゲートで、レシーバーや、ガラスバッチ、線量計を預かり携帯して入域なければならない。
退域時にはスクリーニング場で必ずスクリーニングを受ける。

近隣のモニタリングポストの数値

富岡町富岡 3.89μSv/h(2012/04)

避難者の自宅の天井には、避難していた10ヵ月の間に、カビがびっしりと生えていた。(2012年1月撮影)

居間のカレンダーは、2011年3月のままとまっていた。
避難者には一時帰宅で持ち出したい荷物があったが、線量が高いとスクリーニング場に置いてゆかなければならないので、持ち出すことはあきらめた(2012年1月撮影)

近所にある避難者の親戚の家
新築してわずか半年で、避難することになった(2012年1月撮影)。


2012.1.31 富岡町(警戒区域)

富岡の「夜の森の桜並木」

有名な、富岡の「夜の森の桜並木」の除染を、タイベックとマスクを着用した作業員が行っていた。
この撮影ポイントの、線量計(撮影者所有)の数値は10μ㏜/hだった。


2016年に再びこの場所を訪れた時にも除染が行われていおり、警備員に話を聞いた所、「なかなか線量が下がらないので、6回目の除染を行っている」と話していた。

近隣のモニタリングポストの数値

富岡町 夜の森 4.21μSv/h(2012/01)


2012.3.18 大熊町(警戒区域)

野生化した牛の親子

大熊中学校近くの通学路で、野生化した親子の牛と遭遇する。
子牛は母牛のおっぱいを飲んでおり、母牛は足を蹴りこちらを威嚇していた。
同行させてもらった避難者が「牛は野生化するのが早い」と教えてくれた。

地元の人の情報によれば、野生化した牛の多くは2016年ごろに捕らえられ、殺処分された。頭数が多かったため、半年近くの時間がかかったという。


近隣のモニタリングポストの数値
大熊町 大熊中学校 
7.25μSv/h(2012/4)

富岡町で野生化したダチョウに遭遇する(2012年3月23日)


2012.9.14 浪江町(警戒区域)

エム牧場(別名 希望の農場)

警戒区域で牛を守り続けている牛飼いもいる。

近隣のモニタリングポストの数値
立野中多目的集会所 4.46μSv/h(2012/09)

福島第一原発から14キロ地点で、約400頭の牛の飼育を続けている(2012年9月撮影)


2012.3.18 大熊町(警戒区域)

双葉病院

病院全景

近隣のモニタリングポストの数値

大熊町 大野 5.51μSv/h(2012/03)  

避難のためベットや車いすが、そのままの状態で放置されている。

福島第一原発からは約4.5キロ離れている。

双葉病院と系列の老人介護施設には、当時436人の患者がいた。

全員が避難するまで5日間かかった。

 

避難は過酷を極め、病院関係者の懸命な健闘にもかかわらず、50人近くの患者らが衰弱し、命を落としたという(2012年3月撮影)


2012.3.18 富岡町(警戒区域)

福島第一原子力発電所

原発周辺は、撮影者の線量計で150マイクロシーベルト以上を計測(2012年3月撮影)

 3.11の9年前の2002年。政府の地震調査研究推進本部は「巨大地震の長期評価」を策定してる。
それをもとに各電力会社が予想される津波水位を割り出したところ、福島第一原発においては+15.7メートルという数値が2008年3月(3.11の3年前)の時点で既にだされていた(福島第一原発の海抜は10m)。
東京電力の土木部門で津波や活断層の調査を担当した高尾誠氏はこの予測津波評価を受け、津波対策をやらなければだめだと準備を進めてきたが、当時副社長だった武藤氏から「研究しよう」という言われ方で、先延ばしの決定をされたと、裁判で証言している。

高尾氏は「それまでの状況から、予想していなかった結論に力が抜けた。(会合の)残りの数分の部分は覚えていない」と証言した。(2012年3月撮影)

 

 

 

この裁判では、事故を起こした東京電力と、事故を防いだ東北電力や日本原電の差も浮かび上がってきている。

日本原電(東海第二原発)や東北電力(女川原発)は、地震調査研究推進本部の津波評価を受け、津波対策を行ってきたが、東京電力(福島第一原発)だけは先延ばしをつづけていた。

それどころか、新しい津波評価を行おうとする東北電力に対し、新しい評価をやめるように圧力をかけるメールを送り、報告書を書き直させた。

この裁判では、そうしたメールも、初めて証拠開示されている。

裁判は2019年9月20日東京地裁の第一審判決が言い渡された。
判決は旧経営陣3人が、津波を予見できたとしても十分な対策を行えたかは明らかではないとして、無罪が言い渡された(2102年3月撮影)。

大熊町にある県の養殖場。
福島第一原発から養殖場まで1.5キロ。

その間線量計のアラームが鳴り通しだった。
ここでも数人の人が津波の犠牲になっている(2012年3月撮影)



※近隣のモニタリングポストの数値は「福島県放射能測定マップ」を参照
http://fukushima-radioactivity.jp/pc/
撮影ポイントのもっとも近隣にある、モニタリングポストの測定データーであり、撮影ポイントから数百m離れているケースが多いです。全体的な状況を知るための参考値であり、撮影ポイントの空間線量ではありません。)



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